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本学の中村文彦教授らの研究成果が日本物理学会の英文誌に掲載され、注目論文に選ばれました!

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2025.05.15

本学の中村文彦教授らの研究成果が日本物理学会の英文誌に掲載され、注目論文に選ばれました!

表面に蓄積した電荷でモット絶縁体がバルクに金属化

次世代半導体デバイス「モットメモリ」の実現に向けた一歩

研究の概要

 久留米工業大学 中村文彦 教授,東北大学 金属材料研究所 野島 勉 准教授らの研究グループは,強い電子相関によって絶縁体となる物質「モット絶縁体」の一種であるカルシウムルテニウム酸化物Ca₂RuO₄に,電気二重層トランジスタ(EDLT)技術を用いて電場を加えることで,電流を一切流さず 電場だけでモット絶縁体をバルクに金属化することに成功しました。この成果は,強相関電子系における金属化の非線形・非平衡機構の解明を前進させるとともに,Ca₂RuO₄のモット転移を活用した省エネルギーかつ高速動作の次世代半導体デバイス「モットメモリ」の実現を力強く推進するものと期待されています。

 本研究成果は,123日に日本物理学会刊行の英文誌Journal of Physical Society of Japan (JPSJ) にオンライン掲載され,注目論文(Editors' Choice)に選ばれるとともに,日本物理学会誌 第80巻 第5号に紹介されました。また,非専門家向きの国際的ウェブジャーナル JPS Hot Topics にも掲載予定です。

研究の背景

 モット絶縁体(注1)CaRuO₄は,4d電子同士の強い相関効果(2)によって電子が渋滞し金属性が抑制された興味深い物質です。圧力,温度,電場・電流などの外場を加えることで,絶縁体金属転移をはじめとした多様な新奇現象が出現します。特に,CaRuO₄は,わずか40 V/cmという低い電場で誘起される絶縁体金属転移は,冷却することなく室温で4桁もの電気抵抗変化を伴うため,次世代スイッチング素子「モットメモリ」の有力候補として国際システムデバイスロードマップ(IRDS)にも紹介されている物質です(3, 4)。しかし,これまでCaRuO₄に対する電場印加実験では,試料に直接形成した電極から電場を加えていたため,電場で金属化したと同時に試料に大きなバイアス電流が発生することが避けられず,電流によるジュール発熱の効果を完全に排除してスイッチングに伴う非線形伝導性を議論することが困難でした。

研究手法と成果

 本研究では,酸素過不足のない化学量論的組成の高品質CaRuO₄単結晶の表面に,イオン液体を用いた電界効果トランジスタEDLTElectric Double-Layer Transistor)(注5)構造を作製しました。EDLTを用いることで,従来の電界効果トランジスタによる方法と比べて100倍近くの高い密度のキャリアを物質表面に誘起できます。EDLTデバイスを用いた実験の結果,電子ドーピングに相当する正のゲート電圧(+3 V以上)を加えることで,抵抗が減少することを観測しました。観測された最大97%もの抵抗減少効果は,ゲート電圧に対し良い可逆性と再現性を示しました。ゲート電圧を+4 Vから0 Vに戻すと減少した抵抗が90%以上回復することから,この抵抗減少が電気化学反応ではなく静電現象として理解できることを明らかにしました。
 また,イオンゲートによるCaRuO₄の金属化は,長期間にわたって進行するという独特の特徴を持ち,金属化された層の厚さは約100 nmと見積もられました。これは,従来のEDLTにおける表面の静電的キャリアドーピングのみで期待される値を大きく超えるものです。CaRuO₄では電子-格子相互作用が極めて強く,金属化は構造変化に敏感に反応します。本研究で観測された極めて大きな電気抵抗の減少は,イオン液体からの初期の表面金属化がトリガーとなり,構造変化を誘引し,さらに金属化がバルク内部へと連鎖的に進行するような非線形・非平衡現象として理解できると考えられます。

意義と波及効果

 本研究成果は,強相関電子系における相転移現象の物理の理解を進化させるものです。これまでの研究では困難とされてきた,相転移における時間スケールや非線形性・非平衡性といった要素も取り入れた理解は,従来の物理の枠組みを超えた展開が期待されます。特に,相転移現象の理解において,これまでは相転移の時間スケールや非線形性・非平衡性の問題を取り入れることは困難でしたが,本研究の成果によって従来の物理枠を超えた展開の重要性が示されました。また,強相関電子系と非線形性・非平衡性に特有の新奇性を活用することで,強相関エレクトロニクス技術への展開も視野に入ります。なかでも,現在主流のCMOS(Complementary Metal-Oxide-Semiconductor)メモリに代わる次世代の半導体デバイス「モットメモリ」の実現を大きく前進させる成果と言えます。もしこの「モットメモリ」がCaRuO₄で実現できた場合,日本発の次世代半導体材料としての国際的展開が期待されます。

その他

 本研究は,日本学術振興会による科学研究費補助金事業(KAKENHI 17H06136, 20K03842, 22K03485 and 23K22437)の支援を受けました。

用語解説

1モット絶縁体

バンド理論によれば金属的性質を示すと予想されるにもかかわらず,電子間の斥力(電子相関効果)によって電子が局在化し絶縁体となった物質をモット絶縁体と呼びます。代表的な例としては,銅酸化物高温超伝導体の母物質や,巨大磁気抵抗(CMR)を示すマンガン酸化物の母物質,そして本研究の対象である Ca₂RuO₄ などが挙げられます。

2電子同士の強い相関(強相関電子)

導電性を担う電子同士に働く有効な静電斥力(クーロン斥力)の効果が強い物質を呼びます。4f5f電子が電気伝導を担うセリウムやウランなどの化合物に見られる重い電子系や,3d遷移金属の銅酸化物を中心とした高温超伝導物質,そして4d遷移金属のルテニウム酸化物の超伝導物質も強相関電子系の仲間です。

3IRSD (INTERNATIONAL ROADMAP FOR DEVICES AND SYSTEMS), 2023 UPDATE EDITION, BEYOND CMOS, p16, MOTT MEMORY, (引用文献202).

4F. Nakamura, M. Sakaki, Y. Yamanaka, S. Tamaru, T. Suzuki and Y. Maeno, Sci. Rep. 3, 2536 (2013).

5電気二重層トランジスタ(EDLT: Electric Double-Layer Transistor

イオン液体や電解液を用いて,物質表面に高密度のキャリアを誘起する電界効果型トランジスタ(MOSFET)技術です。従来のMOSFET 100倍近いキャリア密度を材料表面に蓄積できます。これにより,従来のMOSFETでは得られない強い電場が物質表面にかかり,相転移や新奇物性を誘起することが可能になります。

論文情報

  • 論文名:Metallisation of the Mott Insulator Ca2RuO4 Using Electric Double-Layer Gating
  • 著者:Tatsuhiro Sakami, Hiroki Ogura, Akihiro Ino, Takumi Ouchi, Tsutomu Nojima, and Fumihiko Nakamura
  • 雑誌:J. Phys. Soc. Jpn. 94, 0237032025.
  • 掲載日:2025123日公開済 (JPSJ 20252月号掲載)
  • 掲載URLhttps://www.jps.or.jp/books/JPSJ/jpsjec/2025/2025_02.php#jpsj556
  • DOI10.7566/JPSJ.94.023703

研究体制について

本研究は,久留米工業大学 酒見 龍裕 助教,井野 明洋 教授,中村 文彦 教授,東北大学 金属材料研究所 野島 勉 准教授らを中心とする研究グループによって行われました。

お問い合わせ先

【研究に関すること】

〔担当者〕 久留米工業大学 工学部 教育創造工学科 教授 中村 文彦

TEL0942-22-2345(代表)

E-mailfumihiko[at]kurume-it.ac.jp

     [at]を@マークに変更してくだい


【報道に関すること】

〔担当者〕 久留米工業大学事業戦略課 

TEL0942-22-2345(代表)

FAX0942-21-8770

E-mailsenryaku[at]kurume-it.ac.jp

     [at]を@マークに変更してください


(発信)事業戦略課

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