

「夏草や兵どもが夢の跡」
芭蕉が詠んだとおり、野草は夏の暑い盛りに
驚くほど伸びる。足元をくすぐるほどの高さなら
まだ風情もあろう。が、膝から腰、腰から胸にまで
伸びれば、それどころではない。当然、「草刈り」とい
うことになるのだが、これがカンタンではないのだ。
草刈りは、農業や林業だけでなく土地の開発・管理のあらゆるシーンに
欠かせない。いずれの場合もたいへんな重労働であり、高齢化や人手不足も
手伝って、現場の負担は重くなるばかり。地味で見過ごされがちだが、社
会問題としての根はかなり深い。放っておけば、草は大地を覆う。人を拒む。
土地は荒れていく。国土の多くを森林が占め、自然との共存を「自明の理」
としてきた日本。これが、この国の夏なのである。
問題解決のためには、まず問題がそこにあるという事実を社会に知らせる
こと。そこで、情報ネットワーク工学科と、地域に根を張るユニークな企
業がタッグを組んだ。武器は、先進の技術と熱い使命感。そして、ほどよ
い遊び心。令和の兵たちの夢が、動き出した。
平成30年(2018年)のことだった。情報ネットワーク工学科の工藤達郎准教授は、あるセミナーイベントで自らの研究について発表した。テーマは「メディアアート×VR技術」。
その先進性に注目し、声をかけてきたのが株式会社筑水キャニコム(以下キャニコム)である。キャニコムは福岡県うきは市に本社を構えるメーカー。農業や林業、土木建設などの現場で使われる運搬車に加え、草刈作業をはじめとする産業用機械の製造販売を手がけている。その場で工藤准教授に伝えられたのが「草刈問題」だった。
テーマはシンプルだ。まず、この問題の存在を世に知らしめること。さらに、重労働といわれる作業も最新の機器を使えば、実は楽に、むしろ楽しくできるという事実を伝えること。この機器をつくっているのがキャニコムなのである。
なんともユニークな企業である。キャニコムの創業は、1948年(昭和23年)。鍛冶屋からスタートし、その後、産業機械運搬車のメーカーとして大躍進。現在は、業界大手として北米、ヨーロッパ、アジアなど世界40数カ国に進出している。
「ものづくりは演歌だ」のスローガンのもとに開発される製品はどれも革新的。が、まず目を引くのはネーミングのセンスである。〈草刈機まさお〉はまぁいいとして、〈伝導よしみ〉に〈三輪駆動静香〉に〈安全湿地帯〉など。これでもか、これでもか、これでいいのか……と、攻めたネーミングに圧倒される。さらに、〈山もっとジョージ〉で「第30回 読者が選ぶネーミング大賞」(日刊工業新聞社主催)のビジネス部門で1位に輝いたというから畏れ入る。というか、恐れを知らぬ兵企業なのだ。
「面白い。だったら、ゲームだッ」。そう考えた工藤准教授と学生たちの動きは早かった。実際に現場に出向いて草刈を体験。作業の実態と使われる機器の特徴を把握したうえで開発を進めていった。
完成したゲームのタイトルは「VR草刈の刃(くさかりのやいば)」。「また鬼滅かよッ」とのツッコミが聞こえそうだが、パートナー企業の“実績”を思えば、むしろフツーかもしれない。
スタートしてみると、いきなり流れる演歌調のBGMにまず驚かされる。VR空間にゲーマー自身の両手が出現。右手に〈草刈機まさお〉の刃を、左手には〈荒野の用心棒ジョージ〉の刃をもって、草や枯れ木を刈りまくるのだ。もちろん〈まさお〉も〈ジョージ〉もキャニコムの製品名である。
音楽に合わせてタイミングよく草の急所を刈れば高得点。さらに、「草刈機用ガソリン」を取って使えば、倍速モードとなり、時間の流れが遅くなる。このまったりとしたフィーリングもVRならではの楽しさといえよう。
演歌に誘われて、刈って、刈って、刈りまくれば、ストレスも発散される。音楽の“昭和感”と最先端CGとの融合がつくりだすバーチャル空間で、いつか「重労働」というイメージもすっかり刈り取られ、不思議な爽快感に達する。LOVEではなく、GAMEがOVER。シメに「ものづくりは演歌だ〜ネぇ」と言われれば、もう恍惚とするしかない。
試みに、本学のオープンキャンパスで来場者に体験させたところ、高校生にも大好評。けっこう幅広い層にウケそうだ。
草刈機は、重量もあって運搬には向かない。が、このようにデジタル化すれば、実物を展示会場に持ち込む必要もなく、啓発イベントも全国各地でカンタンに開催できるだろう。
VRとは、この世の夢か、幻か。自ら兵となって刃をふるってみれば、心地よい夢の跡がまた楽しい。
ということで、いま一度、お手合わせ願おうか。